土屋悠太郎 ~タイ・ランナー舞踊の名刺web~

バンコク在住。タイ北部ランナー地方の芸能を継承する子連れタイ舞踊家のブログ

 
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フラワーフェスティバル@チェンマイ

前回の修行からあまり日が立たぬ内にチェンマイ再訪。

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師匠ファミリーがフラワーフェスティバルに参加するので実践を兼ねて子連れで同行することを決めた。



イベント当日は深夜1時に起床、準備開始。

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夜明け前の準備中

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パレードで使用する大太鼓を載せた貨車の移動、組み立て。


僕は比較的要領が良い方だと思うけど、息子の身の回りも整えることが加わるとそれで精一杯で、今までのようには作業協力もできず一抹の寂しさを感じる。


それにこの所の気候の影響で息子のぜんそくも出ていて気が気じゃなかった。朝日が出て空気がやんわり暖まるとようやく咳が落ち着きホッとした。


本番を待つメンバー。

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息子も元気が出て楽しそう。

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モンコン師匠と長男ガンさんと。出会って16年。



チェンマイ在住の節子さんと久々に再会して素敵な写真を撮って頂きました。

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①サワッディーカップ!

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②日本人旅行者の皆さまとなにやらお話してるところ。




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いよいよ始まったパレードでは、演舞エリアでなく貨車の先頭に座る息子の隣りで安全確保に追われる。


また次々と観光客にカメラを向けられる息子に「遠く前の方を見てごらん」とか「ほら、手を降ってあげて」とマネージャーみたいに声をかけ、眠くなったと言えば抱っこして行進、トイレと言われれば大急ぎで連れて行った。

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一人身でもヘトヘトになるこのイベントに子連れで挑むというのは、師匠はじめ仲間たちの理解と協力があるにせよ、気力体力共にかなりしんどかった。


僕もパレード途中で踊ったり、太鼓演奏、新しい技を試したりもしたけれど、自分の学びや吸収よりも息子の経験値寄与を優先する1日だった。

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元来、自分は焦りやすく負けず嫌いな性格なのだけど、年齢と経験を重ねて普段は落ち着いている。


ただ芸能修行においては本気な分だけ元の性格が出てきやすいのが本音で、今回は多大な労力のわりに報われていない気がして気持ちが沈んでしまった。

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「積み重ねた余力を息子に与える」

これも今の僕の役割りと心得ているが、しんどいと感じる時だってある。

そういう時は言い聞かすように自分自身と息子に向かって唱える。


学べ学べ。

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バンコク到着。はい、ポーズ!


「いつもの到着ポーズは?」

ヘトヘト過ぎて忘れていたが彼に言われて思い出す。


君も疲れていたのにどうもありがとう。








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プロフィール

土屋悠太郎

Author:土屋悠太郎
◆タイ舞踊家-タイ北部ランナー文化継承-
【ランナー舞踊フォンジューン/剣舞フォンダープ/太鼓演舞グロンサバチャイ、チャイヤモンコン/テーワキンカラ―/ティンボン、モンスーン、チャープ演奏ほか】
タイネーム:Siri Mongkol Skana


1981生、神奈川県出身。京都精華大学卒業。
2002年、タイ・チェンマイに留学した際にPo kruu Mongkol(モンコン師匠)、kruu Peerawat Shiengcharee(ガン先生)に出会い、師事する。
北部タイ・ランナー地方の伝統舞踊フォンジューン、剣舞フォンダープを習得。人間国宝kruu Pan(パン先生)にも指導を受け、現地で多くのショーに出演し、経験を積む。
帰国後、タイフェスティバルやタイ王国総領事館主催パーティー招聘出演など日本国内のショー多数。

大学卒業後、三重県伊賀市で1年間の有機農業研修に従事。田畑を耕し、過疎地域に若者を招いて盛り上げる。その後、東京での俳優活動を経て、障がい者や高齢者と関わる仕事に携わる。利用者さんとの交流を通し、タイ芸能の「人を明るく元気にする力」を確信。2009年以降、毎年タイに渡り修行する。
2012年、師匠からSiri Mongkol Skanaという名前を授かる。
現在は育児のかたわら、東京を拠点に全国各地のイベントやショーに出演、ワークショップを行う。

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2009年4月~6月渡タイ
kruu Saran Suwannachot(ニック先生)、人間国宝のkruu Kam(カム先生)に剣舞フォンダープをご指導いただく。モンコン師匠と7年ぶりの再会を果たす。

2010年4月~5月渡タイ
モンコン師匠のもと2ヶ月間の住み込み修行。ランナー芸能を幅広く学ぶ。太鼓作りの技法も学び、自作のサバチャイ太鼓とモンスーン太鼓を持ち帰る。

2011年3月、仙台在住時に東日本大震災発生。災害ボランティア活動に専念したのち、表現による支援活動を続ける。

2012年4月渡タイ
自身の誕生日に行った儀式ワイクルーにて「Siri Mongkol Skana」のタイネームを師匠より授かる。

2013年、初めての子どもを迎える。

2014年1月渡タイ
モンコン師匠宅で修行。kruu(先生)としての教えを受ける。ワイクルーを行うための特別なpapikaneet(象の顔をした表現の神)像を拝受。

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◆タイ芸能集団アロム・ランナー 主宰
タイで習得した芸能をもとに日本で喜ばれる表現方法を研究、実践する表現集団。タイ芸能ショー、異文化体験ワークショップの他、ハイブリッド紙芝居「とびだす紙芝居!タイのむかしばなし」では芝居、舞踊、楽器演奏をミックスした新しい表現スタイルの作品を上演。タイを身近に感じてもらえるプログラムが好評。(文化庁芸術家派遣事業プログラムとして2012年以降、実施)団体名は、ランナー地方の芸能の魅力が伝わるショーを目指し「ランナー気分」という意。

◆Art Revival Connection TOHOKU(ARC>T)
2011年3月11日の東日本大震災後、東北の舞台人が集まりジャンルを超えて結成した団体。4月設立当初から参加。文化を通して東北の復興を応援する取り組みにタイ芸能を活かした活動を行う。

◆夢トラック劇団~結~
NGOセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが震災直後に主催したプロジェクト。4tトラックの荷台を舞台に、津波で被災した沿岸地域の子どもたちに芝居を届ける。
2011.4/29-5/5岩手~宮城(釜石・山田町・陸前高田・名取・東松島・石巻)全6ステージ。

◆TheatreGroup”OCT/PASS”
Vol.33“Play Kenji”♯6東日本大震災魂鎮め公演『人や銀河や修羅や海胆は』賛助出演。
2011.7/9-7/30宮城県内(大河原えずこホール・仙台錦町公園・瀧澤寺・秋保・古川)全8ステージ。
東北が誇る劇作・演出家、石川裕人を代表とする劇団。前身はアングラ劇団十月劇場。夢トラック出演時、裕人さんに誘われ震災後初の劇団公演参加。

◆絆支援員ワークショップ講師。仮設住宅を巡回する支援員のコミュニケーションワークショップを実施。

◆文化庁 H23-27年度「次代を担う子どもの文化芸術体験事業」[東日本大震災復興支援対応]でさまざまなタイ芸能プログラムを実施。仙台市内・宮城県域の幼児~小学生にショーを届ける。

◆お芝居デリバリーまりまり
さまざまな場所にお芝居を届ける東京の俳優集団。タイの芸能を活かした取り組みも行う。『2009-10福祉職就労支援事業(厚労省委託事業)』『2011-12日本→ブラジルお芝居出前プロジェクト(静岡文化芸術大学・国際交流基金)』浜松公演~2012.8/6-23ブラジルツアー参加。

◆杜の都の演劇祭2012『深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール』プログラムディレクター。タイ芸能ショー含む構成、演出、出演。2013年2月1日(金)-3日(日)全6ステージ@タイ料理店サバイサバイ

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