土屋悠太郎 ~タイ・ランナー舞踊の名刺web~

バンコク在住。タイ北部ランナー地方の芸能を継承する子連れタイ舞踊家のブログ

 
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日常の徒然

バンコクでの日々のあれこれ記録。

①駅の向こう側
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息子「いつも降りる駅の向こうには何があるの?最後まで行ってみたい」と言うので実践。
窓から都市の景色の変化について話しながら終点まで。

看板には次の駅名があるものの未開通ということを地元人に聞き取りして学び、
駅周りをブラブラして帰った幼稚園をサボった日。


②音を楽しむ 
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バンコクでの時間を少しでも有意義なものにしたくて楽器を習い始めた。
(息子は付いてきて自由に遊んだり先生やご家族に遊んでもらってます)

小学校で「音楽」に苦手意識を持ってから、自分が取り組む芸能以外にわざわざ楽器を学ぼうと思ったことはなかったのでちょっとした変化。

楽器を使う身体操作と、音が心を表してくれるのが新鮮。
感覚も繊細になるし、トレーニングで疲弊してる時は身体を癒し良い気分転換になる。

芸能者が舞踊も楽器も演る意味を感じてる。
目標は自分なりに心の様を曲で奏でられるようになること。


③漫画喫茶 
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妻が休日に息子と過ごしてくれて久しぶりに1人で自由に過ごす。
別の国に出張が増えた彼女と僕らのチェンマイ修行が重なって長いことリフレッシュできてなかったので有り難や。

午前中は起きたくなるまで寝てみたら頭がスッキリ。
暑い日差しのなかを汗だくでただただ歩き回って心身ともにシャッキリ。
元々こういう時間が好きだったのを思い出す。

そして待望の漫画喫茶にて今回は「バガボンド」を一気読み。
物語に没頭し、胸を熱くしたり時に涙を流したりで集中しきった5時間半。

不思議なもので、こういう時タイムリーに必要な情報が入ってくる。
厳しい農に翻弄される武蔵から、過去に僕が有機農業研修生時代に感じてたことや学びが今の自分に必要な気づきとなり蘇ったようで感慨深かった。
実に貴重な休日、妻子に感謝。


④家族時間
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連休中ダイナソー・プラネットという近場のアミューズメント施設に遊びに行く。
価格帯と期待度の割にイマイチながら息子の恐竜へのロマンを少しだけ満たせたかな。
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いつか本格的な場所に行くまで興味を刺激してあげたい。




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「タイで過ごした証」

今年本帰国をされる方に剣舞と演奏を教えることにしました。
「タイで過ごした証みたいなことをしたい」と言われていたので一肌脱ぐ。
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師匠がよく言うように「芸能は誰にでも出来る(先生が上手ければなお)」という言葉どおりなので、
5月上旬発表を目標に楽しんで伝えたい。
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そして先日、初めて日本の方に向けて開催したタイ芸能教室の初日。
子どもたちが駆け回るなか大人たちが汗をかく2時間を過ごしました。
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皆さん初めての動きに戸惑いながらも楽しんでくださったようです。
息子も終始お友だちと元気よく遊べてなにより。

また謝礼はお金じゃなく、「気持ちのこもった物」にする。
日本では活動のためにお金も必要ですが、常々お金ではない対価があってもいいなぁと思っていたので試してみることに。

次回も色んな意味で楽しみです。笑





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経験知の伝授

前回チェンマイ修行のように日本人の生徒を連れて師匠のもとを訪れたのは2度目だった。

修行レクチャーから始め、師匠が教え始めたら共に身体を動かしながら日本語で解説し、
つまずいたら僕が習得してきた感覚を伝えながら練習に付き合う。

タイ語はけっして堪能ではないけれど、これまで生活を共にして学び理解を積み重ねてきた
人間的交流の深い時間がそれを可能にしている。
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教えの奥にある師匠の想いまで日本語で伝えられるのは僕だけだと思う。
これは通訳スキルとはまったく違うから。

日本にいる生徒さんにはぜひ僕がタイ在住の間にここでの修行を体験してもらいたいな。
せっかくご縁があったのだから。





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3月チェンマイ修行withゆうきくん3.11

チェンマイ滞在1週間の修行を終えたゆうきくん。
芸能修行だけでなく人として成長する姿を見せてくれました。お疲れさま!
20180319181049225.jpg ゆうきくん感想①

「フォンダーブを踊る事で人を笑顔にする事が出来る。これが大切な事だよ」。
それを踏まえて日本でフォンダーブを踊る時にどうすれば良いのかを質問する。これが仏教の考えと繋がっている事は習った。これはフォンダーブを習った中で知った大きなキーワードだ。それをショーの時に伝えるべきか。
「そんな事は初めからする必要はないよ。ショーを観て、フォンダーブに興味を持った人にだけ教えれば良い」。
思えば私がフォンダーブを始めた時も悠太郎先生の踊りに単純ながら憧れを抱いたからであり、そこに「仏教の教えがあるから……」と理屈で好きになったわけではない。悠太郎先生から習う中で、更にタイに来てモンコン先生から教えられる中で、フォンダーブが更に素晴らしい物である、と思えるようになったかもしれないが、入り口はそこじゃない。

理屈を仮に知っていて自分の踊りに活かすとしても、そこを他の人の入り口にしてはいけないようだ。

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ゆうきくん感想②

月曜日から集中してやって来たチェンマイでのフォンダーブ修行。だがそれは朝から晩までみっちり修行するのではなく、朝に修行し、其の後はモンコン先生からフォンダーブに込められた意味について優しく指南して頂く事の方が多い修行だった。決して声を荒げる事なく、決して否定もせず、優しく、其の人の良さを引き出そうと稽古を見てくれるモンコン先生。「君にはこんな踊りが合っていると思う」「君はこういう風にすれば強くなれる」……それだけでなく、「これを食べれば、このトレーニングをすれば、君の背は伸び、体もがっしりした物になる」というアドバイスもくれる。身長の低さが一番のコンプレックスである事を見抜かれていたんだな……。

一つの事を集中して極めるのではなく、常に「基礎」を教え、「これから一つずつステップを踏んで行けば、強い人間になれるよ」という。ここに来て初めて習った技もあった。常に笑顔で教えてくれた。

これで終わりにせず、日本に帰っても続けなければ。所詮学生。そうそう海外には行けないもの。

私にタイ舞踊を教えチェンマイでの修行にも付き合ってくれ、私に「世界」への目を開かせてくれた悠太郎先生、教えて下さったモンコン先生、応援して下さった皆さん、そして一番近くで応援してくれた両親。全ての人へ……。

コップンクラップ!

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チェンマイ空港にて記念撮影。
このあとバンコクへ移動し、うちに1泊してリラックス。
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翌日の夜、日本へ発つ。
一週間前にチェンマイで再会した時よりぐっと良い顔になったゆうきくん。
20180319181054ad4.jpg彼と出会ったのは東日本大震災後のチャリティー公演に出演してた時、芝居の中で僕の舞いに興味を持ってくれたらしい。
弟と一緒に兄弟で剣舞を学んだのち彼はコツコツと続けてくれた。

後年、赤十字の制度で仙台に来たタイ人学生のために剣舞を披露し、それがきっかけで短期留学に推薦されてバンコクに来たことがある。

教えた僕にとっても嬉しい出来事だった。
剣舞でチャンスを掴めたこともそうだけど、なにより日本に来たタイ人学生のために彼が踊ってくれたことに感動した。

あらためて、ありがとうね。
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3.11に思う。

宮城県仙台市に在住時、東日本大震災に遭った僕は表現や健康法の無力さを痛感した。
それらが役に立たなかった頃、ボランティアセンターに通い泥かきや壊れた家を片付けるお手伝いをしていた。

「いつか表現で人の役に立てる時が来たら必ずやる!」
そう決めていたから津波被災地でのチャリティー公演などに繋がり、より多くの方々と出会うことができた。

あの頃の覚悟や学びは今も消えていない。











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3月チェンマイ修行withゆうきくん3

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朝稽古のあと行ったカフェで偶然集った近所の大御所たちのランチに同席。
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プロフェッショナル同士の会話を楽しむ姿に触れる。
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その後、滞在制作や芸術家同士の交流のために拓かれたBaan dinへ。ナイジェリアと日本人アーティストと知り合う。
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ゆうきくんは海外で活動する同世代から大いに刺激を受けた模様。
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最初はオドオドしていた彼だけど、このたった数日間で表情がどんどん変わってきている。
師匠と過ごす時間、将来の夢を含む多岐に渡る会話によってその目が輝き始めた。
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出会ってから7年間の彼の軌跡を知っているから、これからもっと良い方へ向かっていくと確信する。
きっと日本に帰国した後も習った修行を根気強く続けて、次回会う時には1皮も2皮もむけて格好よくなっているだろう。

その日が楽しみ。




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3月チェンマイ修行withゆうきくん2

朝焼けの空の下ゆうきくんと一緒にランニングから稽古を開始。
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しばらく僕が教えて、そのあと師匠が次のステップを伝える。

身体が本来持つたくましさや自然体を得るのは一朝一夕ではいかないけれど、その道のりが示された。
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マスク作りを学んだ師匠の生徒たちが訪問。さっそく完成品を被る息子。
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自然と笑いが生まれる。皆に笑顔で見つめられて良い経験だね。

ゆうきくんがショーに参加する機会が訪れた。
ターペー門付近のホテルで開催されたASEAN高齢者スポーツの調印式?に、
師匠が教えてる地元の高齢の方々と共に出演。

各国から責任者が集まった会場で僕が太鼓演舞グロンサバチャイと剣舞フォンダープを舞った。
ゆうきくんは鐘の楽器モンを演奏。

嬉しかったのはこの日のショーのため師匠が貸してくれた衣装用の上着を頂戴したこと。
20年間も大切に着てきた特別な一着らしく、細工が美しく着ると力が沸くシャツ。大事にします。
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「今日の踊りは良かった。若い頃の自分を見たようだった」
師匠の言葉も宝物。明日もガッツだぜ!!
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ドイサケットの市場にて。ゆうきくん撮影。







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3月チェンマイ修行withゆうきくん1

チェンマイ到着。さっそく息子から修行開始。笑
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翌日には仙台で剣舞を教えた生徒のゆうきくんがやって来る。
僕が初めてタイ留学したのと同じ歳だ。人生の糧となる時間を過ごしてほしい。
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日本では伝えきれてなかったものも、ここでなら彼の体感と共感をもって手渡せられるだろう。
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朝6時半から僕も稽古開始。
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時間かかったけどなんとか無事に空港で合流したゆうきくん。
この日はここでの修行レクチャーをしてのんびり過ごした。
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震災の年に彼は14歳。僕に教わってからずっと続けてきてくれた剣舞の型をさっそく師匠に見てもらった。
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「ゲン!(上手)」とのこと、良かったね。
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息子も日本から優しいお兄さんが来てくれてはりきって遊んでいる。

遠出のたび風邪や喘息は心配だけれど、彼が本当に楽しそうにしたり良い経験に恵まれる瞬間を見ると心から嬉しい。
遊べ、学べ。



つづく

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プロフィール

土屋悠太郎

Author:土屋悠太郎
◆タイ舞踊家-タイ北部ランナー文化継承-
【ランナー舞踊フォンジューン/剣舞フォンダープ/太鼓演舞グロンサバチャイ、チャイヤモンコン/テーワキンカラ―/ティンボン、モンスーン、チャープ演奏ほか】
タイネーム:Siri Mongkol Skana


1981生、神奈川県出身。京都精華大学卒業。
2002年、タイ・チェンマイに留学した際にPo kruu Mongkol(モンコン師匠)、kruu Peerawat Shiengcharee(ガン先生)に出会い、師事する。
北部タイ・ランナー地方の伝統舞踊フォンジューン、剣舞フォンダープを習得。人間国宝kruu Pan(パン先生)にも指導を受け、現地で多くのショーに出演し、経験を積む。
帰国後、タイフェスティバルやタイ王国総領事館主催パーティー招聘出演など日本国内のショー多数。

大学卒業後、三重県伊賀市で1年間の有機農業研修に従事。田畑を耕し、過疎地域に若者を招いて盛り上げる。その後、東京での俳優活動を経て、障がい者や高齢者と関わる仕事に携わる。利用者さんとの交流を通し、タイ芸能の「人を明るく元気にする力」を確信。2009年以降、毎年タイに渡り修行する。
2012年、師匠からSiri Mongkol Skanaという名前を授かる。
現在は育児のかたわら、東京を拠点に全国各地のイベントやショーに出演、ワークショップを行う。

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2009年4月~6月渡タイ
kruu Saran Suwannachot(ニック先生)、人間国宝のkruu Kam(カム先生)に剣舞フォンダープをご指導いただく。モンコン師匠と7年ぶりの再会を果たす。

2010年4月~5月渡タイ
モンコン師匠のもと2ヶ月間の住み込み修行。ランナー芸能を幅広く学ぶ。太鼓作りの技法も学び、自作のサバチャイ太鼓とモンスーン太鼓を持ち帰る。

2011年3月、仙台在住時に東日本大震災発生。災害ボランティア活動に専念したのち、表現による支援活動を続ける。

2012年4月渡タイ
自身の誕生日に行った儀式ワイクルーにて「Siri Mongkol Skana」のタイネームを師匠より授かる。

2013年、初めての子どもを迎える。

2014年1月渡タイ
モンコン師匠宅で修行。kruu(先生)としての教えを受ける。ワイクルーを行うための特別なpapikaneet(象の顔をした表現の神)像を拝受。

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◆タイ芸能集団アロム・ランナー 主宰
タイで習得した芸能をもとに日本で喜ばれる表現方法を研究、実践する表現集団。タイ芸能ショー、異文化体験ワークショップの他、ハイブリッド紙芝居「とびだす紙芝居!タイのむかしばなし」では芝居、舞踊、楽器演奏をミックスした新しい表現スタイルの作品を上演。タイを身近に感じてもらえるプログラムが好評。(文化庁芸術家派遣事業プログラムとして2012年以降、実施)団体名は、ランナー地方の芸能の魅力が伝わるショーを目指し「ランナー気分」という意。

◆Art Revival Connection TOHOKU(ARC>T)
2011年3月11日の東日本大震災後、東北の舞台人が集まりジャンルを超えて結成した団体。4月設立当初から参加。文化を通して東北の復興を応援する取り組みにタイ芸能を活かした活動を行う。

◆夢トラック劇団~結~
NGOセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが震災直後に主催したプロジェクト。4tトラックの荷台を舞台に、津波で被災した沿岸地域の子どもたちに芝居を届ける。
2011.4/29-5/5岩手~宮城(釜石・山田町・陸前高田・名取・東松島・石巻)全6ステージ。

◆TheatreGroup”OCT/PASS”
Vol.33“Play Kenji”♯6東日本大震災魂鎮め公演『人や銀河や修羅や海胆は』賛助出演。
2011.7/9-7/30宮城県内(大河原えずこホール・仙台錦町公園・瀧澤寺・秋保・古川)全8ステージ。
東北が誇る劇作・演出家、石川裕人を代表とする劇団。前身はアングラ劇団十月劇場。夢トラック出演時、裕人さんに誘われ震災後初の劇団公演参加。

◆絆支援員ワークショップ講師。仮設住宅を巡回する支援員のコミュニケーションワークショップを実施。

◆文化庁 H23-27年度「次代を担う子どもの文化芸術体験事業」[東日本大震災復興支援対応]でさまざまなタイ芸能プログラムを実施。仙台市内・宮城県域の幼児~小学生にショーを届ける。

◆お芝居デリバリーまりまり
さまざまな場所にお芝居を届ける東京の俳優集団。タイの芸能を活かした取り組みも行う。『2009-10福祉職就労支援事業(厚労省委託事業)』『2011-12日本→ブラジルお芝居出前プロジェクト(静岡文化芸術大学・国際交流基金)』浜松公演~2012.8/6-23ブラジルツアー参加。

◆杜の都の演劇祭2012『深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール』プログラムディレクター。タイ芸能ショー含む構成、演出、出演。2013年2月1日(金)-3日(日)全6ステージ@タイ料理店サバイサバイ

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