土屋悠太郎 ~タイ・ランナー舞踊の名刺web~

バンコク在住。タイ北部ランナー地方の芸能を継承する子連れタイ舞踊家のブログ

 
3
5
6
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
11


教える場で学ぶこと

11月4日

北タイ芸能教室、次回ショーに向けて皆さんと気持ちが定まりました。
20181108202723319.jpeg 
この会のおかげで自分が指導者としてどう関わるべきかも学んでいます。

僕の大切にしてきたものを伝える場だからこそお互いにおざなりにしてはいけないものがある。
20181108202725e52.jpeg 
ひとりひとり違う個性の人間だから伝え方も変えてかなきゃいけない。

学べ。学べ。

関連記事
スポンサーサイト

事件だッ!後日談

10月25日

災い転じて福と成す。先日アパート前での楽器指導を日本人おばさまに怒られたおかげで別の最適な稽古場所を見つけた。
日本帰国までバンコクでの個人修行はそこと室内でやりきる。
201811071956404ca.jpeg 
選択肢が減ることによって最適解が見つかることもある。
何事にも意味があるね。

それから管理人に先日あった出来事を話したら、「音楽芸能を人に教えるのは尊い行為。生演奏は心に良い影響があるし公園で教えるのは問題ない」とのことだった。
20181107195642088.jpeg 
これぞタイ人の感性。同見解で心癒された。

今回の件は譲れない気持ちと今後のスタンスを見つめ直せる良い機会となった。

関連記事

事件だッ!

10月24日
チェンマイから戻った次の日に北タイ芸能教室の練習会。

楽器演奏を指導していた所、敷地アパートの住人で初めて見る日本人のおばさまが迷惑だから止めるように言って来た。
わざわざ伝えに来てくれた気持ちと、確かに休日に音は嫌かもなぁと思い素直に謝る。
20181108200758136.jpeg 
そこで公園の奥の方でこそこそ練習するのは大丈夫か尋ねると、
「公共の場所だから(だめ)。どうしても続けるなら管理人に苦情を入れる」とのこと。
僕は場所を変えるのは全然いいんだけれど、繰り返し強調される「公共」という言葉の強さがひっかかった。
20181108200759f68.jpeg 
何処の誰か知らない不特定多数の苦情を代弁されてる感じで、日本で馴染みがある身動きしづらくして縛る力を感じた。

「日本での常識や感覚を文化風習の違う外国でも通じると思ってるのかな?
   それを同じ国籍だろうが他者に強要することに違和感はないのかな?」
とか色々考えてしまった。

もちろん今回のことは僕の配慮が欠けて迷惑をおかけしたので申し訳ないのだけど、タイにいながら日本人的感覚の強要を受けたカルチャーショックは大きかった。
2018110820080068e.jpeg 
タイは海外で日本人が一番多く住んでる国らしく、今住む敷地内も僕らより後に引っ越されてきた新しい日本人居住者ばかりになった。
チェンマイの師匠の元ではタイの好きな所をたくさん感じているけれど、バンコクで暮らすのは息苦しくてしんどいのが本音だ。

救いだったのは、メンバーのお一人が「これは生きてる音でいいと思うんですけどねぇ」とポツリつぶやいた言葉が聞こえたこと。
すぐ次の候補地を考え始めてくれた皆さんの健全で気持ちのいい対応力に触れられたこと。
練習会の間に子どもたちが我が家で遊んで過ごし息子がそれを大いに喜んだこと、その様子を見て妻も嬉しがっていたこと。
20181108200802fbd.jpeg 
元々僕は1人で動くのが自由を感じて好きだったけど、これらは仲間がいてこそ得られる喜びだし、こういう機会を持つことが僕に学ばせてくれている。

これからは楽器を使わずとも公園での自主練習もやりづらいけど、僕には目的があるのでそんなことは気にしていられない。
自分が大事にしたいものを大事にして生きていくために今できることで大事なことからひとつずつしていこう。
201811082008033e3.jpeg 
この歌って踊る息子のように…笑

無邪気に一心に、捉われず。
さぁ、練習だ!

関連記事


プロフィール

土屋悠太郎

Author:土屋悠太郎
◆タイ舞踊家-タイ北部ランナー文化継承-
【ランナー舞踊フォンジューン/剣舞フォンダープ/太鼓演舞グロンサバチャイ、チャイヤモンコン/テーワキンカラ―/ティンボン、モンスーン、チャープ演奏ほか】
タイネーム:Siri Mongkol Skana


1981生、神奈川県出身。京都精華大学卒業。
2002年、タイ・チェンマイに留学した際にPo kruu Mongkol(モンコン師匠)、kruu Peerawat Shiengcharee(ガン先生)に出会い、師事する。
北部タイ・ランナー地方の伝統舞踊フォンジューン、剣舞フォンダープを習得。人間国宝kruu Pan(パン先生)にも指導を受け、現地で多くのショーに出演し、経験を積む。
帰国後、タイフェスティバルやタイ王国総領事館主催パーティー招聘出演など日本国内のショー多数。

大学卒業後、三重県伊賀市で1年間の有機農業研修に従事。田畑を耕し、過疎地域に若者を招いて盛り上げる。その後、東京での俳優活動を経て、障がい者や高齢者と関わる仕事に携わる。利用者さんとの交流を通し、タイ芸能の「人を明るく元気にする力」を確信。2009年以降、毎年タイに渡り修行する。
2012年、師匠からSiri Mongkol Skanaという名前を授かる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2009年4月~6月渡タイ
kruu Saran Suwannachot(ニック先生)、人間国宝のkruu Kam(カム先生)に剣舞フォンダープをご指導いただく。モンコン師匠と7年ぶりの再会を果たす。

2010年4月~5月渡タイ
モンコン師匠のもと2ヶ月間の住み込み修行。ランナー芸能を幅広く学ぶ。太鼓作りの技法も学び、自作のサバチャイ太鼓とモンスーン太鼓を持ち帰る。

2011年3月、仙台在住時に東日本大震災発生。災害ボランティア活動に専念したのち、表現による支援活動を続ける。

2012年4月渡タイ
自身の誕生日に行った儀式ワイクルーにて「Siri Mongkol Skana」のタイネームを師匠より授かる。

2013年、初めての子どもを迎える。

2014年1月渡タイ
モンコン師匠宅で修行。kruu(先生)としての教えを受ける。ワイクルーを行うための特別なpapikaneet(象の顔をした表現の神)像を拝受。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     
     
◆タイ芸能集団アロム・ランナー 主宰
タイで習得した芸能をもとに日本で喜ばれる表現方法を研究、実践する表現集団。タイ芸能ショー、異文化体験ワークショップの他、ハイブリッド紙芝居「とびだす紙芝居!タイのむかしばなし」では芝居、舞踊、楽器演奏をミックスした新しい表現スタイルの作品を上演。タイを身近に感じてもらえるプログラムが好評。(文化庁芸術家派遣事業プログラムとして2012年以降、実施)団体名は、ランナー地方の芸能の魅力が伝わるショーを目指し「ランナー気分」という意。

◆Art Revival Connection TOHOKU(ARC>T)
2011年3月11日の東日本大震災後、東北の舞台人が集まりジャンルを超えて結成した団体。4月設立当初から参加。文化を通して東北の復興を応援する取り組みにタイ芸能を活かした活動を行う。

◆夢トラック劇団~結~
NGOセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが震災直後に主催したプロジェクト。4tトラックの荷台を舞台に、津波で被災した沿岸地域の子どもたちに芝居を届ける。
2011.4/29-5/5岩手~宮城(釜石・山田町・陸前高田・名取・東松島・石巻)全6ステージ。

◆TheatreGroup”OCT/PASS”
Vol.33“Play Kenji”♯6東日本大震災魂鎮め公演『人や銀河や修羅や海胆は』賛助出演。
2011.7/9-7/30宮城県内(大河原えずこホール・仙台錦町公園・瀧澤寺・秋保・古川)全8ステージ。
東北が誇る劇作・演出家、石川裕人を代表とする劇団。前身はアングラ劇団十月劇場。夢トラック出演時、裕人さんに誘われ震災後初の劇団公演参加。

◆絆支援員ワークショップ講師。仮設住宅を巡回する支援員のコミュニケーションワークショップを実施。

◆文化庁 H23-27年度「次代を担う子どもの文化芸術体験事業」[東日本大震災復興支援対応]でさまざまなタイ芸能プログラムを実施。仙台市内・宮城県域の幼児~小学生にショーを届ける。

◆お芝居デリバリーまりまり
さまざまな場所にお芝居を届ける東京の俳優集団。タイの芸能を活かした取り組みも行う。『2009-10福祉職就労支援事業(厚労省委託事業)』『2011-12日本→ブラジルお芝居出前プロジェクト(静岡文化芸術大学・国際交流基金)』浜松公演~2012.8/6-23ブラジルツアー参加。

◆杜の都の演劇祭2012『深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール』プログラムディレクター。タイ芸能ショー含む構成、演出、出演。2013年2月1日(金)-3日(日)全6ステージ@タイ料理店サバイサバイ

FC2カウンター