土屋悠太郎 ~タイ・ランナー舞踊の名刺web~

バンコク在住。タイ北部ランナー地方の芸能を継承する子連れタイ舞踊家のブログ

 
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上條晴夫先生との出会い〜自分史のヒント〜

ジャーーーン!!!これはタイ料理店サバイサバイのBコースメニュー、豪華♪
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仙台初日の夜、素敵な出会いがありました。
東北福祉大学の先生で、教育書籍の作家である上條晴夫先生とお食事しました。
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先生は、平田オリザさんを取材して発信するなど、知る人ぞ知る教育界の有名人です。
タイが大好きな上條先生と、日本の教育やタイ文化についてお話する時間は大変刺激的でした。

そして、上條先生が僕の体験談をもとに素晴らしい記事をFBに投稿してくださいました。
この文章を読み、自分のことながらハッと気づかされることもあり、感謝しています。

出会いを演出してくださったタイ料理店サバイサバイご主人の日向さん、ありがとうございました!
(以下は、上條先生によるご紹介文です)





昨夜は仙台サバイ・サバイのご主人の引き合わせで、タイ舞踊家の土屋悠太郎さん(31)と夕食をご一緒しました。土屋さんはタイのチェンマイで修行して、現在は、日本でタイ芸能ショーとワークショップの仕事をしています。イベント出演や中高校の授業・幼児施設・高齢者、障がい者福祉施設でのショー、文化紹介を行っています。

土屋さんが最初にタイ舞踊と出会うのは京都精華大学人文学部環境社会学科の3回生のとき。卒業論文を書くためにフィールドワークとして半年間チェンマイに滞在します。土屋さんの卒業論文は「タイの伝統舞踊を身につけるプロセスを通して見えたこと」を論文としてまとめるというものでした。

そのタイ・チェンマイで土屋さんは運命の出会いをします。チェンマイ伝統舞踊の師匠モンコーン先生との出会いです。モンコーン先生は「人間国宝」の一番弟子です。土屋さんはそのモンコーン先生に見込まれ、半年間住み込みでタイ伝統舞踊を伝授されます。単に教わるだけではなく、芸能ショーにも出演させてもらいます。

土屋さんが修行した舞踊はタイ北部に伝わるフォンジューン。フォンジューンは「戦いの舞」という意味で、お祭りや行事の際に踊られて、厄を払い幸運を呼ぶ踊りとされています。わたしの目の前ですっと立ち上がると舞の動きを少し。その身体の動きにイッキに惹き込まれてしまいました。

タイでは踊りを奉納する際、踊りの神様とその神様に連なる踊りの師匠たちに祈りを捧げます。その修行は身体的にはたいへん厳しいものでしたが、教え方は祈りを捧げる神様に見守られるなか、いわゆる「ダメ出し」ではなく、「ポジ出し」(示唆)による指導法がとられるそうです。

その前提には、師匠が弟子をとる際、弟子の心根(Core)を見極め、踊りに対する本気度に応じて指導するということがあるようです。日本の民主的な「ダメ出し」指導法では、うっかりすると、人格否定にまで突き進む危うさがあります。「どう伝えるか」は指導の根幹に関わる大事な問題です。

師匠が弟子に伝えようとするのは技だけではありません。技に込められたあり方も伝えようとするんだと思います。学部3回生の土屋さんは、帰国後、タイ舞踊以外の表現者の道で揺れ動きます。しかし、いつもこの時の「あり方」の記憶が傍らにあって土屋さんを導き続けます。

土屋さんはフォンジューンの修行を「(先生が大事にしている者たちに)見守られつつ学ぶ」という言い方で表現していました。その言い方に土屋さんの誠実な人柄がにじみ出ていました。モンコーン先生がなぜ日本から来た21才の若者にフォンジューンを伝えようとしたか分かる気がしました。
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プロフィール

土屋悠太郎

Author:土屋悠太郎
◆タイ舞踊家-タイ北部ランナー文化継承-
【ランナー舞踊フォンジューン/剣舞フォンダープ/太鼓演舞グロンサバチャイ、チャイヤモンコン/テーワキンカラ―/ティンボン、モンスーン、チャープ演奏ほか】
タイネーム:Siri Mongkol Skana


1981生、神奈川県出身。京都精華大学卒業。
2002年、タイ・チェンマイに留学した際にPo kruu Mongkol(モンコン師匠)、kruu Peerawat Shiengcharee(ガン先生)に出会い、師事する。
北部タイ・ランナー地方の伝統舞踊フォンジューン、剣舞フォンダープを習得。人間国宝kruu Pan(パン先生)にも指導を受け、現地で多くのショーに出演し、経験を積む。
帰国後、タイフェスティバルやタイ王国総領事館主催パーティー招聘出演など日本国内のショー多数。

大学卒業後、三重県伊賀市で1年間の有機農業研修に従事。田畑を耕し、過疎地域に若者を招いて盛り上げる。その後、東京での俳優活動を経て、障がい者や高齢者と関わる仕事に携わる。利用者さんとの交流を通し、タイ芸能の「人を明るく元気にする力」を確信。2009年以降、毎年タイに渡り修行する。
2012年、師匠からSiri Mongkol Skanaという名前を授かる。

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2009年4月~6月渡タイ
kruu Saran Suwannachot(ニック先生)、人間国宝のkruu Kam(カム先生)に剣舞フォンダープをご指導いただく。モンコン師匠と7年ぶりの再会を果たす。

2010年4月~5月渡タイ
モンコン師匠のもと2ヶ月間の住み込み修行。ランナー芸能を幅広く学ぶ。太鼓作りの技法も学び、自作のサバチャイ太鼓とモンスーン太鼓を持ち帰る。

2011年3月、仙台在住時に東日本大震災発生。災害ボランティア活動に専念したのち、表現による支援活動を続ける。

2012年4月渡タイ
自身の誕生日に行った儀式ワイクルーにて「Siri Mongkol Skana」のタイネームを師匠より授かる。

2013年、初めての子どもを迎える。

2014年1月渡タイ
モンコン師匠宅で修行。kruu(先生)としての教えを受ける。ワイクルーを行うための特別なpapikaneet(象の顔をした表現の神)像を拝受。

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◆タイ芸能集団アロム・ランナー 主宰
タイで習得した芸能をもとに日本で喜ばれる表現方法を研究、実践する表現集団。タイ芸能ショー、異文化体験ワークショップの他、ハイブリッド紙芝居「とびだす紙芝居!タイのむかしばなし」では芝居、舞踊、楽器演奏をミックスした新しい表現スタイルの作品を上演。タイを身近に感じてもらえるプログラムが好評。(文化庁芸術家派遣事業プログラムとして2012年以降、実施)団体名は、ランナー地方の芸能の魅力が伝わるショーを目指し「ランナー気分」という意。

◆Art Revival Connection TOHOKU(ARC>T)
2011年3月11日の東日本大震災後、東北の舞台人が集まりジャンルを超えて結成した団体。4月設立当初から参加。文化を通して東北の復興を応援する取り組みにタイ芸能を活かした活動を行う。

◆夢トラック劇団~結~
NGOセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが震災直後に主催したプロジェクト。4tトラックの荷台を舞台に、津波で被災した沿岸地域の子どもたちに芝居を届ける。
2011.4/29-5/5岩手~宮城(釜石・山田町・陸前高田・名取・東松島・石巻)全6ステージ。

◆TheatreGroup”OCT/PASS”
Vol.33“Play Kenji”♯6東日本大震災魂鎮め公演『人や銀河や修羅や海胆は』賛助出演。
2011.7/9-7/30宮城県内(大河原えずこホール・仙台錦町公園・瀧澤寺・秋保・古川)全8ステージ。
東北が誇る劇作・演出家、石川裕人を代表とする劇団。前身はアングラ劇団十月劇場。夢トラック出演時、裕人さんに誘われ震災後初の劇団公演参加。

◆絆支援員ワークショップ講師。仮設住宅を巡回する支援員のコミュニケーションワークショップを実施。

◆文化庁 H23-27年度「次代を担う子どもの文化芸術体験事業」[東日本大震災復興支援対応]でさまざまなタイ芸能プログラムを実施。仙台市内・宮城県域の幼児~小学生にショーを届ける。

◆お芝居デリバリーまりまり
さまざまな場所にお芝居を届ける東京の俳優集団。タイの芸能を活かした取り組みも行う。『2009-10福祉職就労支援事業(厚労省委託事業)』『2011-12日本→ブラジルお芝居出前プロジェクト(静岡文化芸術大学・国際交流基金)』浜松公演~2012.8/6-23ブラジルツアー参加。

◆杜の都の演劇祭2012『深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール』プログラムディレクター。タイ芸能ショー含む構成、演出、出演。2013年2月1日(金)-3日(日)全6ステージ@タイ料理店サバイサバイ

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