土屋悠太郎 ~タイ・ランナー舞踊の名刺web~

バンコク在住。タイ北部ランナー地方の芸能を継承する子連れタイ舞踊家のブログ

 
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息子の登園奮闘記

妻が海外赴任となりタイに来てから1年。

日中はずっと僕が息子と過ごしてきた。


チェンマイ修行はもちろん、抱っこして街を連れて歩いて見せたり、ラチャパ大学の公演では稽古から本番まで学生さんたちと交流したり、かなり良い経験をしてこれたと思う。


でも子供たちと過ごす時間が不足していることは気になっていたので、バンコクで幼稚園に行くかどうか尋ねてみた所「4歳になったら行く」と彼が決めたのはもう半年ほど前。

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そして見学に行った幼稚園を彼が即決し、いよいよ登園スタート!…だがしかし、別れ際は大泣き。。


気持ちの納め方がまだ分からないのだから仕方ない。

慣れたらきっと楽しくて今まで僕とだけだった時間の質も変わってくるから一歩前へ!…と心の中エールを送る。


毎朝大渋滞する道路を避け、歩きやすい道を遠回りして幼稚園に送り届けるから汗だくだけど、息子と会話しながら行くこの時間も良い思い出になればと思ってる。

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幼稚園に向かう途中、登園したくない息子は「ゆうたろうさんと家で一緒にトレーニングしてたい」と繰り返した。

その言葉がやたら胸に響くのはなぜか考えてみたら、僕には今まで芸能のパートナーと呼べる存在がいなかったから、彼が僕をそのように見てくれているのを感じて嬉しかったのだ。


ありがとう。

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だがしかし、起床後からずっと幼稚園に行きたくないと言い続ける息子をなだめ、抱っこして登園する間も冗談を言って笑わせて応援しても、やはり一緒にいたいと訴えられるとさすがにちょっと折れそうになる。。


でも彼は園に着く頃になっておもむろに「トレーニングがんばってね、お仕事がんばってね」と泣きじゃくりながら言葉にしてくれて思わずグッときた。

別れ際も先生に抱かれて大泣きしながら手を振ってくれていて、いいやつだなぁぁと感心。



そんな彼と別れて一息ついた後は家事のほか、公園で竹を振り、ランニング、師匠の教えを思索したりと、久しぶりに自分でスケジュールを立てられる貴重な時間を過ごしている。


彼も我慢して頑張っていて、しかも応援してくれてると思うと余計に集中する。家族それぞれが有意義で新しい日々を過ごせるようになりたいもの。

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この前、外でしばらく様子を見てたら中に入っても手持ちぶさたで立ってるだけ。。かわいそう。

うろうろとしてたのは、たぶんどう動くといいか考えてたんだと思う。でも泣かずにあの場に入って行き行動してる彼は立派だった。


その後、僕のことを覚えてる子たちが声をかけてきたので息子と遊んでくれるようお願いして行かせた。

しばらくは周りの園児懐柔作戦も良いかもしれない等と画策す。笑


この日は早めに迎えに行き、まだお昼寝してる彼を起こすと心の底からホッと安心した笑顔を見せてくれた。

先生の話しによると、外遊びでは思いきり走り回り、ご飯もよく食べている(友達と遊ぶよりはまだ一人で遊んでるそう)。タイ語も使ってるみたい。えらいぞ。

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↑妻が休日返上で作ったランチョンマットの刺繍&アップリケ。

僕も名前を刺繍しました。


そして今朝、息子は泣かずに手をふってお別れできた。

直前は一瞬躊躇してたけど「ゆうたろうさんもがんばってね」と言えてまた感心。


以前、師匠が「親を助けようとする子はなにより素晴らしい」と息子を褒めてくれたことがあり、今も彼が僕を気にして応援してくれてるのはすごいなと感じてる。親バカだけど。


さらに外から教室を覗いていたら、今日はおもちゃを出して自ら遊ぼうとしてて「がんばってるな!」と親指を立ててる僕がいた。

怪しいな笑







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プロフィール

土屋悠太郎

Author:土屋悠太郎
◆タイ舞踊家-タイ北部ランナー文化継承-
【ランナー舞踊フォンジューン/剣舞フォンダープ/太鼓演舞グロンサバチャイ、チャイヤモンコン/テーワキンカラ―/ティンボン、モンスーン、チャープ演奏ほか】
タイネーム:Siri Mongkol Skana


1981生、神奈川県出身。京都精華大学卒業。
2002年、タイ・チェンマイに留学した際にPo kruu Mongkol(モンコン師匠)、kruu Peerawat Shiengcharee(ガン先生)に出会い、師事する。
北部タイ・ランナー地方の伝統舞踊フォンジューン、剣舞フォンダープを習得。人間国宝kruu Pan(パン先生)にも指導を受け、現地で多くのショーに出演し、経験を積む。
帰国後、タイフェスティバルやタイ王国総領事館主催パーティー招聘出演など日本国内のショー多数。

大学卒業後、三重県伊賀市で1年間の有機農業研修に従事。田畑を耕し、過疎地域に若者を招いて盛り上げる。その後、東京での俳優活動を経て、障がい者や高齢者と関わる仕事に携わる。利用者さんとの交流を通し、タイ芸能の「人を明るく元気にする力」を確信。2009年以降、毎年タイに渡り修行する。
2012年、師匠からSiri Mongkol Skanaという名前を授かる。
現在は育児のかたわら、東京を拠点に全国各地のイベントやショーに出演、ワークショップを行う。

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2009年4月~6月渡タイ
kruu Saran Suwannachot(ニック先生)、人間国宝のkruu Kam(カム先生)に剣舞フォンダープをご指導いただく。モンコン師匠と7年ぶりの再会を果たす。

2010年4月~5月渡タイ
モンコン師匠のもと2ヶ月間の住み込み修行。ランナー芸能を幅広く学ぶ。太鼓作りの技法も学び、自作のサバチャイ太鼓とモンスーン太鼓を持ち帰る。

2011年3月、仙台在住時に東日本大震災発生。災害ボランティア活動に専念したのち、表現による支援活動を続ける。

2012年4月渡タイ
自身の誕生日に行った儀式ワイクルーにて「Siri Mongkol Skana」のタイネームを師匠より授かる。

2013年、初めての子どもを迎える。

2014年1月渡タイ
モンコン師匠宅で修行。kruu(先生)としての教えを受ける。ワイクルーを行うための特別なpapikaneet(象の顔をした表現の神)像を拝受。

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◆タイ芸能集団アロム・ランナー 主宰
タイで習得した芸能をもとに日本で喜ばれる表現方法を研究、実践する表現集団。タイ芸能ショー、異文化体験ワークショップの他、ハイブリッド紙芝居「とびだす紙芝居!タイのむかしばなし」では芝居、舞踊、楽器演奏をミックスした新しい表現スタイルの作品を上演。タイを身近に感じてもらえるプログラムが好評。(文化庁芸術家派遣事業プログラムとして2012年以降、実施)団体名は、ランナー地方の芸能の魅力が伝わるショーを目指し「ランナー気分」という意。

◆Art Revival Connection TOHOKU(ARC>T)
2011年3月11日の東日本大震災後、東北の舞台人が集まりジャンルを超えて結成した団体。4月設立当初から参加。文化を通して東北の復興を応援する取り組みにタイ芸能を活かした活動を行う。

◆夢トラック劇団~結~
NGOセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが震災直後に主催したプロジェクト。4tトラックの荷台を舞台に、津波で被災した沿岸地域の子どもたちに芝居を届ける。
2011.4/29-5/5岩手~宮城(釜石・山田町・陸前高田・名取・東松島・石巻)全6ステージ。

◆TheatreGroup”OCT/PASS”
Vol.33“Play Kenji”♯6東日本大震災魂鎮め公演『人や銀河や修羅や海胆は』賛助出演。
2011.7/9-7/30宮城県内(大河原えずこホール・仙台錦町公園・瀧澤寺・秋保・古川)全8ステージ。
東北が誇る劇作・演出家、石川裕人を代表とする劇団。前身はアングラ劇団十月劇場。夢トラック出演時、裕人さんに誘われ震災後初の劇団公演参加。

◆絆支援員ワークショップ講師。仮設住宅を巡回する支援員のコミュニケーションワークショップを実施。

◆文化庁 H23-27年度「次代を担う子どもの文化芸術体験事業」[東日本大震災復興支援対応]でさまざまなタイ芸能プログラムを実施。仙台市内・宮城県域の幼児~小学生にショーを届ける。

◆お芝居デリバリーまりまり
さまざまな場所にお芝居を届ける東京の俳優集団。タイの芸能を活かした取り組みも行う。『2009-10福祉職就労支援事業(厚労省委託事業)』『2011-12日本→ブラジルお芝居出前プロジェクト(静岡文化芸術大学・国際交流基金)』浜松公演~2012.8/6-23ブラジルツアー参加。

◆杜の都の演劇祭2012『深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール』プログラムディレクター。タイ芸能ショー含む構成、演出、出演。2013年2月1日(金)-3日(日)全6ステージ@タイ料理店サバイサバイ

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