土屋悠太郎 ~タイ・ランナー舞踊の名刺web~

バンコク在住。タイ北部ランナー地方の芸能を継承する子連れタイ舞踊家のブログ

 
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9月チェンマイ修行記録

9月のチェンマイ修行は途中で息子が風邪を引き激しい咳と発熱。

夜は額の水タオルを替え続けてやる心配&大変な数日間を過ごす。


しんどそうに眠る息子の横で次の文章を書きました。

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ー去年からタイのバンコク在住となり毎月訪れるようになったチェンマイ修行も早1年が経ちました。


師匠宅では、たくさんのカエルと虫の音に包まれる神様を祀った部屋で息子と寝泊まりしています。


チェンマイ(特にドイサケット)に来ると日本人とほぼ会わないので息子も数少ない覚えたタイ語で会話&通じなくても交流し、見様見真似で遊びながら芸能を楽しんでいます。

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以前は1年に1度、1ヶ月間程の時間と費用を捻出して超貧乏旅行のタイ修行に単身で来ていた。


住み込みで修行に専念するスタイルで膨大な知識と技術を一気に学び、タイ芸能者のご家族と日常生活を共にすることで芸に繋がる精神性や心に触れる時間としてきた。

(彼が生まれてから移住までの3年間は訪タイは我慢。 例外でマハーバーラタのバンコク公演には来たけれど。)



それが去年から月に1度学びに来るようになって変わったことがたくさん在る。例えば、前回教わって得た感覚(をもとに練習してきた自分)のままで次のステップに進むことができるようになった。


本来は当たり前のことだけど日本に帰れば元の生活と師匠のいない中で試行錯誤し活動してきたので新鮮。おかげで今まで大事にしてきた基礎の中に散りばめられた叡智をより理解し習得のための練習に進めるようになった。


これは偉大な先人から連なる師匠のおかげで、現地の芸能を見る目も大きく変わった。

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そして何よりの変化は息子と一緒に修行に来るようになったこと。

息子と共に師匠から学ぶのは長年の夢ではあったけど、一方で今までの自分の(得意とする)在り方や学び方は出来なくなった。


師匠を含めタイ人コミュニティーの中で僕は父としての役回り、立ち位置、振る舞い方をせざるをえなくなる。全然身軽じゃないし自分を抑える場面も多々あって最初は息苦しかったけど逆の効果も実感している。



それはズバリ、1人じゃないこと。

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いくら望んでここに来てるとは言え外国人の僕が、普段の自分へ還れる存在が常に側にいてくれる安心感というのは息子と修行に来始めたこの1年間で初めて知った。



息子にとっても、師匠の教えを真剣に学ぶ生徒(弟子)である父が大汗かいて必死に稽古する様子も、無様な姿も、同じ国や言語同士でなくても家族のように付き合える喜びを直に感じられていることはとても良い勉強と経験になってることと思います。

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すべてのご縁と妻に感謝です。

(⬆︎バンコク到着。ずいぶん元気が戻りました!)





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プロフィール

土屋悠太郎

Author:土屋悠太郎
◆タイ舞踊家-タイ北部ランナー文化継承-
【ランナー舞踊フォンジューン/剣舞フォンダープ/太鼓演舞グロンサバチャイ、チャイヤモンコン/テーワキンカラ―/ティンボン、モンスーン、チャープ演奏ほか】
タイネーム:Siri Mongkol Skana


1981生、神奈川県出身。京都精華大学卒業。
2002年、タイ・チェンマイに留学した際にPo kruu Mongkol(モンコン師匠)、kruu Peerawat Shiengcharee(ガン先生)に出会い、師事する。
北部タイ・ランナー地方の伝統舞踊フォンジューン、剣舞フォンダープを習得。人間国宝kruu Pan(パン先生)にも指導を受け、現地で多くのショーに出演し、経験を積む。
帰国後、タイフェスティバルやタイ王国総領事館主催パーティー招聘出演など日本国内のショー多数。

大学卒業後、三重県伊賀市で1年間の有機農業研修に従事。田畑を耕し、過疎地域に若者を招いて盛り上げる。その後、東京での俳優活動を経て、障がい者や高齢者と関わる仕事に携わる。利用者さんとの交流を通し、タイ芸能の「人を明るく元気にする力」を確信。2009年以降、毎年タイに渡り修行する。
2012年、師匠からSiri Mongkol Skanaという名前を授かる。
現在は育児のかたわら、東京を拠点に全国各地のイベントやショーに出演、ワークショップを行う。

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2009年4月~6月渡タイ
kruu Saran Suwannachot(ニック先生)、人間国宝のkruu Kam(カム先生)に剣舞フォンダープをご指導いただく。モンコン師匠と7年ぶりの再会を果たす。

2010年4月~5月渡タイ
モンコン師匠のもと2ヶ月間の住み込み修行。ランナー芸能を幅広く学ぶ。太鼓作りの技法も学び、自作のサバチャイ太鼓とモンスーン太鼓を持ち帰る。

2011年3月、仙台在住時に東日本大震災発生。災害ボランティア活動に専念したのち、表現による支援活動を続ける。

2012年4月渡タイ
自身の誕生日に行った儀式ワイクルーにて「Siri Mongkol Skana」のタイネームを師匠より授かる。

2013年、初めての子どもを迎える。

2014年1月渡タイ
モンコン師匠宅で修行。kruu(先生)としての教えを受ける。ワイクルーを行うための特別なpapikaneet(象の顔をした表現の神)像を拝受。

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◆タイ芸能集団アロム・ランナー 主宰
タイで習得した芸能をもとに日本で喜ばれる表現方法を研究、実践する表現集団。タイ芸能ショー、異文化体験ワークショップの他、ハイブリッド紙芝居「とびだす紙芝居!タイのむかしばなし」では芝居、舞踊、楽器演奏をミックスした新しい表現スタイルの作品を上演。タイを身近に感じてもらえるプログラムが好評。(文化庁芸術家派遣事業プログラムとして2012年以降、実施)団体名は、ランナー地方の芸能の魅力が伝わるショーを目指し「ランナー気分」という意。

◆Art Revival Connection TOHOKU(ARC>T)
2011年3月11日の東日本大震災後、東北の舞台人が集まりジャンルを超えて結成した団体。4月設立当初から参加。文化を通して東北の復興を応援する取り組みにタイ芸能を活かした活動を行う。

◆夢トラック劇団~結~
NGOセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが震災直後に主催したプロジェクト。4tトラックの荷台を舞台に、津波で被災した沿岸地域の子どもたちに芝居を届ける。
2011.4/29-5/5岩手~宮城(釜石・山田町・陸前高田・名取・東松島・石巻)全6ステージ。

◆TheatreGroup”OCT/PASS”
Vol.33“Play Kenji”♯6東日本大震災魂鎮め公演『人や銀河や修羅や海胆は』賛助出演。
2011.7/9-7/30宮城県内(大河原えずこホール・仙台錦町公園・瀧澤寺・秋保・古川)全8ステージ。
東北が誇る劇作・演出家、石川裕人を代表とする劇団。前身はアングラ劇団十月劇場。夢トラック出演時、裕人さんに誘われ震災後初の劇団公演参加。

◆絆支援員ワークショップ講師。仮設住宅を巡回する支援員のコミュニケーションワークショップを実施。

◆文化庁 H23-27年度「次代を担う子どもの文化芸術体験事業」[東日本大震災復興支援対応]でさまざまなタイ芸能プログラムを実施。仙台市内・宮城県域の幼児~小学生にショーを届ける。

◆お芝居デリバリーまりまり
さまざまな場所にお芝居を届ける東京の俳優集団。タイの芸能を活かした取り組みも行う。『2009-10福祉職就労支援事業(厚労省委託事業)』『2011-12日本→ブラジルお芝居出前プロジェクト(静岡文化芸術大学・国際交流基金)』浜松公演~2012.8/6-23ブラジルツアー参加。

◆杜の都の演劇祭2012『深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール』プログラムディレクター。タイ芸能ショー含む構成、演出、出演。2013年2月1日(金)-3日(日)全6ステージ@タイ料理店サバイサバイ

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